四六時夜光註の擬態

内なる辺境をめぐる断片

遅れてきた客のための習作



f:id:itachihajikami:20210416011206j:image

 

 ようやくおとずれた暗闇に、安堵の息を漏らす間もなく劇場の隅で扉が憂鬱そうに開き、遅れた観客がやってくる。足もとを照らす小さな誘導灯を頼りに、申し訳なさそうに腰をかがめて、自分の座席を探してまわる。口ごもりながら何かを呟いている声がかすれて聞こえる。え、る……にじゅう……に……。L22。一段いちだんのぼる足どりに合わせて、整えた息にラベルを貼るように、あい、じぇい、けい……。ときどき立ち止まり、手の中のチケットを鼻の先まで近づけて確認し、納得したようにまた歩き出す。緩慢に、少しも急ぐそぶりなど見せずに。
 ふたたび彼は立ち止まる。どうやらここがLの列らしい。軽い咳払いのようなうめき声。先客に失礼を詫びて、座席のあいだをすり抜けなければならないようだ。スクリーンが、まばゆい光を瞬間的に吐き散らす。意味のある単語にまとまらない、子音だけのかすれ声が、彼の狭い口腔内から漏れてくる。ナナフシのように角ばって細長く伸びた、威嚇的な他人の二本の脚を、大股でまたぎ越そうとして思わずよろけた拍子に、コートの裾をどこかに引っかけてしまう。
 離れた場所でおもむろに、ひとりのべつの客が席を立ち、なめらかな動作で座席の列から脱すると、遅れた観客が入ってきたのとは別の出入り口に向かって、焦りを踵で噛み殺すような速足で歩いていった。手洗いにしては長すぎる離席だ。
 K14。――ここの劇場通なら、誰もが予約したくなる特等席。頚椎にも視神経にも負荷をかけないで映画を鑑賞できる最高の座席だ。どんなにすいていても、その席にはいつも誰かが座っている。けれど、あの客は、戻ってこなかった。最高の席を放棄してまで、そこを去らねばならない理由があったのだ。
 
 昼の光を嫌ってやり過ごすための退避壕がわりに、映画館を利用する人間は皆無ではないが、それほど多いわけじゃない。だいいちコストがかかるし、潰せる時間に限りがある。よほど人気の薄い映画を選ばなければ、うっかりフロント前で、多数の他人に顔を見られる心配もあるのだから、身を隠したい者にしてみれば、やはりネットカフェを選択するのが筋だろう。
 もしかしたら、いま立ち去ったばかりの彼女は――彼女がほんとうに誰かから追われているとか、身を隠さねばならないとか、そういう種類の人間だという可能性は小さい気がする。でもそんな気がするだけかもしれない。現に彼女はいま、ぼくにだけは追跡されているのだから――古き善き映画の熱心な鑑賞者なのかもしれない。都市の亡霊が吐き出した曖気が溜まって凝固したような、かすかに胃酸のにおいの漂う繁華街の外れにある小劇場に、八十年も昔の映画を観るために、わざわざ足を運ぶほどには熱心な……。いつか彼女と、琥珀色の照明の灯ったレストランで、大昔のワインでも飲みながらじっくり話す機会があったなら、好きな映画は何ですかと訊いてみたい。
「そうね……」と彼女は、一瞬考えるふりをするだろう。ぼくはすかさず、「ちょっと古臭いかもしれないですが、じつは『影たちの憂愁』ってのが好みなんです、うまくいえないですけど、全体を通して、ものごとの基本を見ているような気がするというか……音楽はチャールズ・ミンガスが担当だったって、ご存知でした?」彼女は自分の答えを遮られ、憤慨と驚きの入り混じった様子で、「奇遇だわ。ついこないだ観たばかりなの、あそこの、小劇場で……」
 普通なら、不自然すぎて、意気投合はおろか警戒されかねない。だが彼女は、冷えて硬くなった餌を横目で素通りする猫のような、中途半端な空腹感をもてあましたそっけなさで、ぼくの話を受け入れる。一日中歩きまわり、靴擦れした踵に徒労と失望を引きずったまま、また眠れない夜を眠るために部屋へ戻らねばならない屈辱を晴らすかのように、捜していた男が、まんまとむこうからこちらの懐に飛びこんできたのだ。
 彼女はもう少し驚いてみせるべきだったかもしれない。自分が答えようとした映画の題名を、目の前の見知らぬ男が代わりに口にするなんて偶然は、百にひとつもないだろう。瞬間的に瞳孔が拡張し、鼓動が速くなる。言葉も出ずに唖然としてしまう。どうして、この男が……。肺の代わりに、皿の上の牡蠣のコンフィが過呼吸で膨れだす。赤い果実のような興奮の皮がむけて、猜疑心の種がこぼれはじめ……ほんとうに、彼なのだろうか……。
 
 そう、これはきみの逃亡劇なのだ、と考えれば都合がよい。実際のところ、それで間違っていないのだから。逃げて、逃げて、逃げぬいたあとでいま立っている地点が、かならずしも終着点とはかぎらないのは、いずれこの場所にも追手が姿をあらわして、きみのことをとっ捕まえようとするに決まっているからだ。だったらいっそのこと、ここらでいさぎよく捕まってしまったほうが、いたずらにぶざまな傷口をさらしつづけるよりは、世間体としてもまだましなのではないかという気持ちもなくはないだろう。だが、それをためらわせる何かが、きみの内部に存在しているというのも否定しがたい事実なのだ。
 逃げているというからには、自分が何か犯罪者ででもあるかのように思われるかもしれないが、そう単純な話じゃない。それどころか、どちらかといえば、きみはこの街をさまよい歩く透明人間どもを、追い詰めるほうの人間なのだ。

 それまでのざわついた空気が鎮まって、二時間の我慢を強いられる前の最後の咳払いが、わざとらしくあちこちから捻り出される。小袋に入ったナッツ類の安物の油――この小劇場にはコカ・コーラとポップコーンだとかフライドポテト、フランクフルトなどの類を売る設備はない。あるのは、チケット売り場の横の、スナック菓子と飲料の自動販売機がひとつずつだけだ――で汚れた指先が宙をさまよい、暗がりのなかでシートの隙間になすりつけられようとしだすころ、映画のはじまりを見逃すまいと向けられた視線の束をほころばすように、唐突に途中退席するというのはいささか目立ちすぎる。すでにいびきの沼底に沈みこみ、低解像度の夢に溺れかけた後列の客に対する抗議ともとれなくはないが、去っていく彼女の後ろ姿には、どことなく、退路を断たれた者のむなしい美しさがあった。それは、ひとつの場所にとどまろうとすることへの抵抗であり、ほんの束の間でも、安全圏での滞留という思いつきを許そうとした自分に対する、本能的な懲罰願望からきているもののように見えた。
 薄闇のなかに残した影のような残像を、彼女は昼の光のもとでもひそかに引きつづけるだろう。彼女がいた痕跡をもとめて、ぼくは銀幕が押しのけようとする暗がりのなかで、ひときわ存在感を増していく漆黒の空席に目を凝らす。熱を失い、鋭利な羽で裂いたような空気の切り口の冷ややかさが残った、誰のためでもない予約席。
 暖房の効き方にむらがあるせいか、暑さと寒さが交互にやってくる。耳の奥が充血したように頭が重たく、喉も乾いた。目を閉じて、もう一度だけ、彼女の顔を思い出そうとしてみる。眠りと覚醒のあいだにある波打ちぎわのような場所から、彼女は何かを伝えようとして唇を動かしかけるのだが、言葉はけっして聞き取ることができない。極細のボールペンを使って付け加えたような、沈黙の三点リーダーだけが、いまのところ、ぼくらのあいだに試みられた唯一の意思疎通のなごりなのだ。それも、彼女の知らない、原色を薄められた夢の浅瀬における出会いのなかでの。
 
 それでもきみはこの場所にやってきた。それも、誰かの指示に従ってというのではなく、ほんとうのところは、この劇場が、あるいはたまたま上映中だった年代物のフィルムが、ぼくたちにとっていくらか重要な役割を果たすということを、無意識なりにも感づいていたからではないだろうか。おそらくは、ぼくと同じようにこの街をさまよい、地下道のどこかで、染みだす汚水に濡れて変色した映画館のポスターの宣伝文句に、わけもわからず引き寄せられて。

〈裏切ること。――影なき者が見出した愛の形〉

 羽毛に似た何か柔らかな繊維が、微風に吹かれた拍子に、記憶の戸棚の埃を払ったような気になる。
 ぼくは俳優にでもなったみたいに、気取った台詞が頭に浮かんで、ついそれを声に出しそうになる。言葉が乾いた唇を湿らす直前に恥ずかしさがこみ上げて、誰も見てなどいないのに、奥歯の噛み合わせを確かめるふりをしてごまかした。――ぼくはきみが来るのを待っていた。名前も知らず、きみが誰なのかもわからないまま、もう一度、きみを失うために……。
 ぼくはきみが立ち去ることを、あらかじめ知っていた。出口へ向かうその後ろ姿を、これまでもこの場所で、繰り返し見たことがあったという気がする。いや、気がするのではなく、それは現実として、この身体で体験したことなのだ。

 すべてが予定通りに進んでいる。まるで、他人の人生をなぞっているような、寒々しい嫌悪感が背筋を這いのぼり、身体全体が拒絶反応を起こしているのだろうか、皮膚を掻いただけではごまかせない正体不明の痒みが、骨の空洞を駆けめぐって内側から関節を粟立てている感じがする。そのうち医者に相談してみるつもりでいたけれど、いくら既視感が頻繁におとずれるからといって、なにも予知能力を身につけたというわけでもないし、真剣に悩むほどのものでもないと高を括っていたのだ。しかしこのまま病状――認めたくはないけれど、ここまでくれば病気だと思わざるをえないところがある――が進行すれば、ぼくは次第にすべての「少し先」を透視できるようになるという、要りもしない能力を身につけるのではないか。それはとりもなおさず、他人の人生を生きなおしていくような、おぞましい閉塞感の壁に取り囲まれた現在に身を置くことになり、やがて発狂してしまうに違いない。尽きるはずのない時間を汲みあげるための井戸が枯れてしまったら、あとは自分が井戸のなかに身投げするほかないのだ、ちぎれた現在の残りかすで、なおも口すすぐために。

 プロジェクターの光が、裸で抱き合う男女の映像をスクリーンに投げかけている。男が背後から女にのしかかり、女はうなだれたような姿勢で髪を揺すぶり低い声で呻いている。なぜだかわからないが、ぼくは唐突な哄笑の発作にとらえられ、耐えきれずに場内に響きわたる大声をあげて笑いだしてしまった。その声は自分の肉体から湧きあがってくるというよりは、まるで隣人の腹の底からとめどなく溢れてくるのを横で聞いているような、自分とはちょっと離れたものに感じられた。
 笑い声は、いつまでたっても鳴りやまず、ぼくからは独立したままひとりで笑いつづけた。ぼくは、笑い声をその場に残し、席を立って劇場をあとにすると、ゆっくりと歩きはじめる。

 ひとつ腑に落ちないことがある。それは、彼女が席を立ったのが、まるであの遅れて劇場に入ってきたL22の客から、ちょうど逃れるようなタイミングに思えたことだ。あの男が来たから、彼女は出ていった。思い過ごしかもしれないが、そこには何かしらの因果関係があるような気がしてならない。あるいは、彼女が出ていこうとしたから、彼がやってきたのか。あの男の挙動に気を取られていたためだろう、あのときの彼女の様子を、薄闇の奥に浮かんだかもしれない表情の透明な膜のかすかな動きを、しっかり思い出すことができない。
 だが、上映の始まった劇場で、他の観客の注意をできるだけひかずに出ていこうとしたら、たとえ誰かから逃げるための歩行ではなくとも、自然に足もとに焦りの影がわだかまるのもうなずける。よほど他人から注目されるのが好きな人間でないかぎり、静かな場所の空気を乱すことで視線を集めることには気が引けるはずだろう。とにかく彼女の焦りが、遅れてきた男に対する狼狽の表れだとする証拠はどこにもないのだ。あるいは、不意にぼくの存在を意識してしまったための動揺が、彼女を駆り立てたのだと考えられなくもない。だとしたら、彼女もここにぼくが来ることを予想していたことになる。いずれにせよ、あの彼女の唐突な離席が、われわれのあいだの均衡に変化を与え、静かに、だが慌ただしく告げられた試合開始の合図となったのだ。

 ぼくの姿はどうやら、普通に生きている普通の人間のそれに見えているらしい。当たり前といえば当たり前なのだが、ときどきぼくは、どうして誰も、自分の姿がもしかすると他人に見えていないのではないかと疑ってみないのだろうと考える。誰かが自分のほうを見つめているような気がしてそちらを向くと、相手がほんとうはどこも見ていないような、自分を透かしてその先にある風景をぼんやり見ているような、そういう視線に出会うことがある。そんなとき、ぼくは自分が透明人間にでもなったかのように感じ、同時に、透明のくせに一丁前に何かを考えたり訝ってみたりしていることを恥じるのである。そうしているとさらにひどいことに、相手はぼくを馬鹿にしたかのように鼻糞をほじってみたり、痰を吐き出したりするものだから余計に自分の価値は台無しにされる。
 ときどきそういったことが起こるのだけれど、それもやはりぼくが、誰でもない人間だからだろうか……。だが、いきなりこんなことを打ち明けたところで、せいぜい鼻で笑ってもらうのが関の山だろう。自己陶酔的な断片の寄せ集めだけでは、肝心なことを何も伝えられないことくらい、ぼくだって承知しているつもりだ。自分が何者であるのか、あるいは何者でないのかということに関して、ぼくはけっこう本気で悩んでいるのだけど、先を急ぐのはあきらめて、まずはできるだけ順を追って話すほうがよさそうだ。
 ところが、いざはじめからきちんと説明しようとすると、途端に出来事の輪郭がぼやけて時系列が混乱し、Aについての記述が、べつの時点で起こったBという事件にいつのまにかすり替わってしまう。もちろん、ぼくとしても、記憶をあるべき場所に整理して、現実が提示している意味を理解したいという気持ちはあるのだけれど、あいにく、ぼくの記憶の潜水艇は、まだ起こっていないことだけが漂う深海に沈んでいて、厳然と聳える、すでに起こったことの氷山にはちっとも歯が立たないのだ。

 暗闇をもとめて、ぼくは真っ昼間の劇場へむかう。重たい扉は軋むことなくゆっくりと開き、一瞬、ひんやりとした空気が顔を撫でていく。すでに照明が落とされて、静まり返った場内に、つづけざまに何度かの咳払いが響きわたる。ぼくは足もとを照らす小さな誘導灯を頼りに、腰をかがめて自分の座席を探しまわる。Lの22……ずいぶんうしろのほうまで階段を上がっていかなければならない。E、F、G……。ときどき立ち止まり、チケットに書かれた記号と、各列の端の席の側面に嵌め込まれたプレートが示すアルファベットを交互に照らし合わせながら、なるべく人目を引かない落ち着いた動作で一段いちだん上がっていく。
 ふたたびぼくは立ち止まる。どうやらここがLの列らしい。喉の奥に痰がからまる。先客に失礼を詫びて、座席のあいだをすり抜けなければならないようだ。スクリーンが、まばゆい光を瞬間的に吐き散らす。すみませんと言ったつもりが、不自然に声を抑えすぎて、ただのうめき声に聞こえたかもしれない。ナナフシのように角ばって細長く伸びた、威嚇的な他人の二本の脚を、大股でまたぎ越そうとして思わずよろけた拍子に、コートの裾をどこかに引っかけてしまう……。
 離れた場所でおもむろに、ひとりのべつの客が席を立ち、なめらかな動作で座席の列から脱すると、ぼくが入ってきたのとは別の出入り口に向かって、焦りを踵で噛み殺すような速足で歩いていった。手洗いにしては長すぎる離席だ。
 K14。――ここの劇場通なら、誰もが予約したくなる特等席。頚椎にも視神経にも負荷をかけないで映画を鑑賞できる最高の座席だ。どんなにすいていても、その席にはいつも誰かが座っている。けれど、あの客は、戻ってこなかった。最高の席を放棄してまで、そこを去らねばならない理由があったのだ。