四六時夜光註の擬態

内なる辺境をめぐる断片

 

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 どこへ行くにも、迂回しなければならない。たったいま出発したばかりの家に帰るために、われわれは一度迷子になる必要がある。どこからともなく、次から次へと見知らぬ壁が押し寄せて、迷路で私たちを閉じ込めようとする。

 はじめはつるつるの表面に見えていた壁も、誰かの落書きや、犬の小便や、迷い猫のポスターによって表情を帯びだすと、途端にどこか愛着がわいてくる。壁が冷たい風から身を護ってくれる。

 不思議なことに、いつしか私たちは歩くごとに壁を追いもとめるようになり、ときには寄りかかって休息し、変えるべき家があったことさえ忘れてしまう。

 家という辺境よりは、行き止まりのない袋小路という絶望のほうがまだ、私たちには耐えやすいのかもしれない。