四六時夜光註の擬態

内なる辺境をめぐる断片

盗潮

 

 幾度となくためらっては揺らぐのがこの手なのか、まだ像を結ばぬ風景のほうなのか判別のつかないまま、干潟に打ち捨てられた異物の黒い光沢が警告を発しているように思えて竦んだ。生き物の屍骸より、死が緻密なぶん、偽装めいている。視力を拡張するためにせよ、変質させるためにせよ、何かを見るための光学器械であることがすぐに理解できるのはどういうわけだろう。見るからにそれは一対の目だ。その双眼のレンズを通していったい何を見ればよいというのか? まるで見るという機能そのものがかつてこの場で忘却され、時の餌食となって砂にめり込んでいるみたいだ。唐突に見ることをやめた目。みずからの重みで地中に沈みつつあるその硬直した視線には、もはや見る主体が存在していない。そして風景は、誰かの視野の中で焦点を結ぶのをいまも拒みつづけている。あるいは、誰かのものであったはずの視線を、器械を通して受け継ぐことがためらわれるのだろうか。しかしいずれそれを手に取るということはわかっていたのだから、そのためらいさえも虚偽だったのかもしれないのに。
 二本の円筒が並列した黒い器械には、くすんだ金文字でFJINONと刻まれており、それから数字が、半ば剥げかけてはいたが7×50と読めた。泥の中に落ちていたときにはどこか不発弾のような、人を脅かす危うさを纏っていた気がしたのだが、こうして拾い上げてみると、途端にその重みが手に安心感を与えはじめる。それまで空っぽで、頼りなさそうにぶら下がっていた手が、ようやく収まりのよい形状を見つけたと知って息を吹き返す。あたかも落とし主に返すためにそれを拾ったというような何気ない顔を装い、身体を回転させながらあたりを見渡した。近くに人影はなく、どこまでも湿った地面がつづいているだけだった。誰にも見られてなどいないのに、誰かに見られているという感覚がだらだらと皮膚を伝い落ち、足もとにねっとりと水たまりをつくる。
 盛り上がった土手に囲まれた、水のない空間も含めての全体を川であるというのなら、この場所は間違いなく川底と呼べる高さに位置している。視界の右側は川下で、足もとでは小さく幼い波が、母親の気を引こうとする子どものように、ひっきりなしに砂の裾をつかんで揺すぶっていた。反対側では、白く細長い橋梁が、川の腹の上すれすれを一直線に這っているのが見える。もう一度後ろを振り返ってみると、いましがた下りてきた土手の上に、ちょっと前まではたしかになかったはずの自転車が一台停めてあった。前輪が東の海の方向を向いていて、そこに自転車があること自体に何か特別な意味があるとは考えにくかったけれど、何者かの敵意がその場からこちらをさり気なく監視しているのではないかと不安になり、もう少しで拾ったばかりの双眼鏡を投げ捨てて歩み去ろうとするところだった。十秒ほどの間、自転車から目をそらさなかった。小波が打ち寄せる音が苛立たしかった。どうして誰もいないのだろう。待ったが何も起こらなかった。ずっと握りしめていたものの重みがにわかに手にこたえはじめ、単に腕を動かしてその負荷を解放してやるつもりが、気がつくとその光学器械を目にあてがっていた。視界には乳白の闇が映り、口の中が乾いた。見るための道具であると思っていたものがまったくの役立たずで、むしろそれは見るという機能を奪う働きをしたために愕然とした。何やら窮地に追い込まれたような気になって身体を反転させ、川の対岸のある方角へ早足に歩いていった。後ろを振り返るためには、それなりの覚悟というか、振り返ることの理由が必要に感じられ、それと同時にこうしてこの場から去っていくことにもまた動機がなければならないのではないかと焦った。靴底は足音を立てなかった。
 突然、視野の左半分を暗褐色の羽音が塞いだ。何かが部外者の侵入に驚き、翼をばたつかせて翔び立ったのだ。それから低空に浮かんで二、三度羽ばたくと、鳥は右半分の視線を引き連れて真っ直ぐに前方の砂地へと着地させた。瞼が鳥の羽のようにまばたきするあいだ、左は過去を見つづけ、右は未来を見つめていた。そのときはじめて、葦の群落の外れに、蹲ったひとりの女が存在していることに気がついた。見たわけでもないのに、手の中で双眼鏡が黒くきらめくのが分かった。黒が汗の成分と結びついて変質していくというのだろうか、拾い上げる前の、痺れるようなもとの警告色をいま手のひらの内側に感じた。
 鳥が女に化けたのではなかろうか。すでに上流の冷たさを失った川の流れが、海水と混ざり合いはじめるこの汽水域は、あらゆる境界線が溶け出して、この世と別の世界とが分別不能になってしまった、要するに魔境のような区域なのではないか。いま踏んでいる平たい湿地すら、潮の加減によってその都度表情を変えるのだから、これが本来は地面なのか水面なのかというのはあやふやで、とどのつまりここにいる人間はそのどちらでもない中間地帯に立っているのだ。
 女に化けたのは鷸だったか鷺だったか。翼をしまい込んで立ち上がると、水際のほうへ踏み出してまた足を止めた。生成りともカーキともつかない色合いの作業服みたいなズボンを穿き、上は白い長袖のカットソーを着ている。膝に手をついてかがみ込み、地面を睨みつけて何かを探している様子だった。あんなような格好で、落としたコンタクトレンズや耳飾りを探し求める女の姿を見たことがあった。記憶の底では不思議なことに、落とし物を探すのはいつでも女で、男が這いつくばって目を凝らしているという姿は見たことがなかった。
 極東の辺鄙な島国の、悲しくなるほど狭い湿地に、せっかく休息の場を見出した渡り鳥を脅かすのは忍びなく、誰もいないと思い込んでいる彼女がこの場所で、誰かの姿を認めてがっかりするという事態をできれば避けたい。ランニングに疲れてあてもなくさまようひとりの散歩者、ないしは変質者。二日前に市内のショッピングモールに入っている衣料品店で揃えた、運動用の紺色のTシャツと黒い短パンを着て、足にはずいぶん昔に買ったアシックスの白いランニングシューズを履いている。だがおそらく滑稽なことに、汗で濡れた首から、汚れた双眼鏡をぶら下げていた。その格好の奇妙さに、いったいどんな合理的解釈を与えられようか。やはり引き返すべきなのか。ところが女との距離は思いのほか近い。他に誰もいない干潟の内で、声をかけないほうが不自然なくらい、二人の人間の存在だけが浮き立っていた。痛みを伴うほど、この身体と、彼女の身体の結びつきを感じた。
 夏の夕暮れ時、干潟に下りてはいけないよと、死んだ祖父がよく言っていた。何かの言い伝えなのか、まだ幼い孫の勝手な単独行動を抑制するための、単なる脅し文句にすぎなかったのか知らないが、夕方に限らずこれまで干潟へ入ったことなど一度もなかった。祖父の言葉の効力を、ことさら引きちぎってみせるつもりはなかったが、いま、何かの拍子にその小さな破れ目に足先を突き入れて、取り返しのつかないほどの巨大な穴を開けてしまったのじゃないだろうか。
 何かにおびき寄せられるようにして、しかしそれ以上は距離をつめるべきではないというところまで近づいてから、女にこんにちはと声をかけた。女が怯えるだろうと思った。しかし彼女は、一瞬こちらを振り返って無表情な視線を投げつけてから、ふたたびもとの体勢に戻り、唇に人差し指をあてる仕草をしただけだった。静かにしろ。邪魔をしないでくれ。咄嗟に双眼鏡をもう一度目にあてがい、錆びついて固まったピントリングを調整するふりをしながら、なるべく遠くのほうに視線を向けようとした。対岸や海のほうに。海苔の養殖場のほうに。結局何も見えなかったが、そうやって何かを見ているという姿勢をつくることで、心が落ち着き、自分はべつに彼女にかまわずとも問題ないのだというふうに思える余裕が生まれた。何ごともなかったかのように、このまま帰ったってよかった。そのとき、女が何かを呟いたのが聞こえた気がした。何かいますか、ともう一度声をかけてみた。女は黙ったまま足もとの泥を指し示し、それから手招きをしたように見えたが、その手招きの対象はきっと水際のあの小さな波であって、水は暗く、女の誘いに平身低頭いざり寄ってはすぐさま引き返す、若い従卒の溶けた水溶液のようだった。この黒い川は、無数の死んだ人間が液化したものなのかもしれない、などというふざけた考えが浮かび、つまらないのに、つまらないことを考えついたことがおもしろかった。
 潮風に冷たいものが、糸のように混じった。女は目に見えない貝を積み上げているようでもあった。小波の舌が、もうすぐそこまで迫ってきており、このまま満潮を迎えればこの場所は水に沈む。そうして何度も何度も沈んでいるうちに、死人の溶けた水がちょっとずつ記憶の河岸を削り取っていく。
 まるで水中にいるみたいに、女の喋る声があぶくになって弾けて聞き取れない。そのあぶくたちを慌ててすべて捕まえて、箱に詰めて持ってきましたというような達成感に満ちた顔をして、女がにじり寄ってくる。瞳孔が黒い花弁のように開いたその目は、双眼鏡を逆側から覗き込んだみたいに近いのに遠い。遠近法のない絵画の中で、厚みを失い、あやふやになっていく境界線。互いに手を取り合った瞬間から、用意されていた決壊の轟きが、無音のままくるぶしを震えさせる。何も聞こえないのをいいことに、思いどおりの唇のかたちを女の顔にあて嵌めてみる。あそびましょう、しずんでしまうまえに、ひをはなちましょう……。貝か砂か、湿ったものに触れたあとの指先が頬を這いのぼり、両耳がすっぽり手のひらで塞がれた途端に、「ずいぶんさがしたのよ」という声が聞こえた。女の膨らみのある手を通して音を聞くと、世界はビー玉のように小さくなり、とげとげしさを失い、ポケットにしまえそうな玩具じみたものに変わった。
 双眼鏡の中で、風景はためらうことをやめ、奥行きのない、のっぺりとした像を生じさせる。焦点も合わない、行き止まりの、柔らかな壁。越えていけるわけもないのに、歩きはじめてしまっている。背を向けた女が時間の書棚から、宵闇を選びとって頁をひろげる。足先にからみつく水が気だるかった。土手のほうを振り返り、自転車がまだそこにあることを目を細めて確認し、もう一度進みなおそうとしたそのとき、離れたところで、女が目一杯の無音で叫んでいた。聞きたくて走った。双眼鏡が揺れるのを力いっぱい抑えながら走っていたら、汗を吸い込んだストラップが短く跳ねて首のうしろが冷えた。女の手がこちらに伸びてきて、耳を塞いだ。「いそいで」と聞こえた。女の手が離れると、ふたたび何も聞こえなくなった。足が泥に沈みはじめた。
 岸からずいぶん遠ざかった場所に、またしても葦が群生していて、それをかきわけて進むと小型のボートが泊めてあった。なんの前触れもなく地面が消失し、身体が水に浮いた。歩くのがいいのか、泳ぐのがいいのか定まらない体勢のまま、舷側に膝を打ちつけた。這いあがるのを待って女は杭から綱をはずし、TOHATSUと書かれた黒い船外機のフックに手をかけると、ロープを三度ほど力強く引っ張ってエンジンをかけた。杭を蹴飛ばして勢いをつけた。船底で乾いていた土が、振動で弾けた。船体は安定するまでに、何度か横に流され、舳先がぶれて方向があやふやだったが、もはやどちらが川下で、どちらに川岸があるのかさえわからなかった。いる場所を示してくれるはずの何ものも消え去り、ボートはただ単調に航跡波を吐き出して、どこでもない場所へ向かって進んでいた。
 橋が見えないのが訝しくて、遠くへやる目を反対側へ引き戻そうとしたとき、船外機を操る女の身体越しの水面に、琥珀色の火が散らばった。ボートは橋の真下を通過中で、橋の道路灯が水に映りこんでいるのだ。下から見上げると、橋は思いこんでいたよりずっと高いところにあり、そして信じがたいほど横幅がひろかった。というより、幅がなかったというほうが正確かもしれない。どこを見渡しても、川と、空と、橋の範囲を示すはずの境界が見分けられないのだ。幅がどこまでもつづいているのなら、それはもはや幅とは呼べないのではないか。だが、どこまでつづけばそれは幅ではなくなるのだろう。幅でなくなったそれは、いったい何と呼んだらいいのだろう?
 いまこの橋に差しかかったのだとするならば、干潟に下りた場所には空があったのだから、ボートは上流へ向かっているはずだった。とはいえ確信はない。あの場所が、ほんとうに橋の向こう側だったのか、あれより下流には、ほんとうに橋が架かっていなかったのか、それとも、そこはむしろ無限の幅を持つ橋の、ちょうど切れ目のようにぽっかりとひらけた空間だったのではないか。
 進行方向へ向きなおると、やはり橋の底が際限なくつづいているのが確認できた。いまいる場所も、向かっている場所も指し示すことのできない地図の上で、時間の幅だけが、偶然こぼれた水滴の、染みのようにひろがって、ひろがればひろがるほど反対に幅を失っていき、ついには幅という概念の外側にまでひろがっていってしまう。幅を持たないものは存在しえない以上、どこかしらに隙間を見出して、そっと身体を捻じ込ませなければならない。
 川面に滲んだ琥珀の光すらすでに彼方へ消え去って、あらゆる境界が水飴のように溶けて混じりあう。名もないさまざまな黒だけが混在した世界を見つめることが、何も見ないことと一緒なら、錆びて曇ったレンズを通して見ても、そう変わりはないはずだ。動くことのないリングを左右へ回し、丁寧に架空の視度と焦点を調整しようとする。
 水をかぶって泥も黴も時間も洗い流されたなんてことがあるだろうか、それまで焦点を結ぶのを拒みつづけていた風景が、タイムカプセルから取り出した写真のように危うい解像度で立ち現われはじめ、それはまるで過去の、いまとはなんのつながりも持たないどこかべつの場所から借りてきたものであるという、偽物の感傷に浸された光を投げかける。一対の目のかたちをした黒い筒は仮の視野として、また風景の保管場所として、かつて誰かが見たはずの景色をその中に閉じ込め、見る者も存在しないままに見つづけていたのだ。
 光は千羽の渡り鳥のように羽ばたき、宙を飛び、羽をたたんで次々と海に飛び込んでいく。潮のにおいが濃くなる。とすると、ボートは河口に向かって進んでいたのだろうか? 不意にうしろから杏仁豆腐のような滑らかさの女の手が耳を塞ぐ。エンジンの音が消え、代わりに女の声が話しかける。「ねえ、なにをみてるの」女の吐息が首にかかる。背中が炙られているように熱い。光は幾度でも鳥に化けて飛び回っている。鳥の大群は空を大きく旋回し、ふと思いついたように海面を見つめると、落下する体勢をとり、羽をたたんでひと息に水の壁へ突っ込んでいく。少しの空白を置き、鳥たちは光になって海を飛び出すと、くちばしで盗んだ潮を月にばら撒く。数万年でもつづけるつもりだろう。月が海水で満たされて、地球の海が干上がるまで潮を盗む気でいるのだ。